品格

講義開始3分前に到着。コンナのが2週間も続くのか…ヽ(´Д`;)ノ
0限目「教育相談論」。
カウンセリングやセラピーにおいて被相談者および治療者に
重要な手法をロジャースの対症療法を基本にして解説していました。


非指示・傾聴・(受容と共感による)支持的対応
受容・共感・自己一致


「自己一致」というトコが難しかったんじゃないかな?
自己概念と経験が一致して心理的混乱を解決するということらしいが、
前に読んだ精神医学の本では「自発解明」と、その部分は書いてあった。
すなわち自ら客観できる態勢を治療者が整え導き到達する領域と
俺は解釈したんだが、専門家でないので合ってるかどうかワカラン。
どちらにせよ、自己の中にある葛藤は自己の力で解決に向かうのが
現代療法の常套手段のようである。ただ、精神医学では薬物療法
精神療法と双璧をなす重要な側面であることは付け加えておくとして、
病的にしろ普通にある人間関係にしろ、結局は自発解明という
自分で自分の答えを出す境地が尤もだということだ。
境遇にしろ、生活にしろ、遊びにしろ、恋愛にしろ、
俺の人生も結果的に紆余曲折的に自発解明であったような気がする。
尚、外傷的復元は治癒というが、精神の治癒は寛解というようだ。
目視できず推し量る目安も一定でないので、そう呼ぶらしい。


終講直前に先生が学生が授業中に出入りすることに難色を示していたが、
それは個々人の意識の問題だな。学内が、または教室がそういう環境なら
そういう現象があるということ。個々人に「たるべき」求めるなら
教授法の課題、または個々人の「品格」の問題。



1限目「社会科・地歴教育法Ⅱ」。
教室に入ると先生が居ない!?キョロo(・ω・ = ・ω・)oキョロ
先生を求めて右往左往してる学生も数人いたが、先生は教室間違えてた。(笑)
いつも授業準備して待ち構えている先生の姿を認識してしまっているので、
そういう事態が起こるのだろうが、これも先生に対する信頼度ゆえのことか。
今日の内容は教育法Ⅰでも取り扱った内容だったが、
改めて目標を設定し授業を構築していくことの重要さと難しさを感じた。



2限目「東洋史通論Ⅱ」。
フランス語から乗り換えました。F教授の講義は結構楽しかったんだけど…。
今日が初めての受講。中国の中世〜近現代くらいを扱うようです。
モンゴル帝国のヨーロッパ侵攻の過程のビデオを観ました。
救世主プレスター・ジョン、元の皇帝に親書を携えて渡ったプラノ・カルピニ。
中世ってホント、伝説と冒険の時代だな〜。
レジメに官僚選抜制度「科挙」と中国の独特の刑罰が載ってあった。
凌遅(リンチの語源)・宮刑(去勢)・族謀(一族皆殺し)・皮剥
皮剥は皮場廟という場所で行われたらしい。
恐ろしいのぉぉぉ〜〜〜((((;゚Д゚;))))ガクガクブルブル


22時01分下校
22時35分帰宅