城攻めと山根徳太郎


梅田で〜す。
土曜日1限目「大阪の都市遺産」。
大坂図屏風の美術的および歴史的価値について。
豊臣期は当初、大坂と堺を結ぶ結合都市計画を考えていたようだが、
慶長地震の影響で船場や天満といった西側および北側の更地開発に転向し、
近世から近代へ続く都市の形成の基礎ができたようだ。
慶長地震は東海・南海地震のひとつ。伏見城天守閣が倒壊したらしい。



放課後は博物館めぐりと決め込んだ。
大阪駅は随分変わったな〜。階上の改札はまさに近代的。

でも地べたの古い改札の方が愛着あって俺にはいいのだが…。




大阪から大阪城公園駅で降りて、大阪城天守閣へ向かう。
結構歩く。城攻めはなかなか簡単には行かん。
久しぶりに大阪城天守閣に入るんだが、よく覚えているのが、
中学生の頃に友人と行った記憶あるくらい。
この天守閣は昭和初期に建造された鉄筋コンクリート製の復興天守なんだが、
石垣に天守の重量がかからない吊り下げ工法をとっている。
つまり石垣とコンクリート天守は浮いているようなものです。
どこの博物館もそうだが、いちいち市大生であることを申告・確認しなければ
スンナリ中には入れない。しかし入場者も多い中で、
フリーパスで涼しい顔して天守へ上がる気分は最高である。
うむ、絶景。



まだ時間があったので、今度は大阪歴史博物館へ行ってみた。
なかなか珍しいビルになった博物館である。

資料もいいし、面白そうな趣向もあったので良かった。

展示の一角で難波宮の発掘および保存、研究に尽力された
山根徳太郎という人物の紹介があった。
よくよく紹介文を読んでみると…
旧商科大の頃からか、ウチの山岳部の顧問だったらしい。
(・ω・)ハテ? 今度現役指導顧問の先輩に聞いてみよう。


はやり城攻めは結構疲れる。
谷町四丁目から恵美須町へ地下鉄で移動し、阪堺線で帰宅。