大阪湾埋立地改造計画

ネットを徘徊していると、面白そうな先行企画研究があった。
「大阪湾埋立地改造計画」
http://db.10plus1.jp/backnumber/article/articleid/1458/

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 昭和の初め、大阪南部の海岸沿いは「白砂青松」の風景が広がっており、
海水浴や観光を楽しむ客でにぎわっていた。
だが、この風景は、戦後急速に造成された埋立地によって、
とっくにその姿を消してしまった。
今そこにあるのは埋立地という名のいつまでも居座る巨大な軍艦である。
私たちはこれらの埋立地が周囲のコンテクストを抑圧し、
その発展を疎外している元凶ではないかと考える。
そしてさらに悪いことにそこに展開していた重工業種は現在では衰退しつつある。
意味のない空き地がひろがりつつあるのだ。
このような埋立地は今こそ海に還すべきではないか。
私たちは、かつての海岸線の復元と今後の柔軟な発展を目指して
ここに新たな埋立型を提案する。

(都市連鎖研究体プロジェクト4:Fujiko──大阪湾埋立地改造計画 | 都市連鎖研究体Catenated Design project 4: Fujiko: Landfill Reform Project in Osaka Bay | Laboratory for Catenated Citie掲載『10+1』 No.37 (先行デザイン宣言──都市のかたち/生成の手法) pp.132-137)

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【出所】 都市連鎖研究体プロジェクト4:Fujiko──大阪湾埋立地改造計画



散々に公害に悩まされ、経済発展と環境保護という現代社会のジレンマに
アタマを抱えるしなかない埋立地という存在。
埋立地という名のいつまでも居座る巨大な軍艦」とはよい批判である。


堺市臨海部に住んでいると、風向きで海からの匂いが漂ってくる。
梅雨時の6月には磯の匂いがする。12月の西高東低の気圧配置に
移行する頃から、どういう訳が饐(す)えた臭いがする。
最早、海の遠鳴りも聞こえないようにもなって半世紀だが、
堺に住んでいて、昔の堺という話をするたびに、
どうしようもない厭世観に浸ってしまうのは、
ガキの頃に公害まみれの街で、そら美しい街の記憶を
これでもかと刷り込まれたトラウマなのだろう。