ずっとそばにある本 ④『梅雨将軍信長』時代科学小説短編集 新潮社(1982/第10刷)

 新田次郎は、山岳小説で有名だが、時代小説も書いている。

この本は、題こそ『梅雨将軍信長』であるが、さまざまな時代短編小説が
積み込まれている。

 

 どちらかと言えば、私は短編小説の方が好きで、

電車の中でも読めるし、簡潔かつ分かりやすく物語が起承転結していく

内容が好きである。

 この本の他に、幾冊かの新田の時代小説を持っている。

yatakarasu.hatenadiary.org

 

そもそも新田小説のと出会いは、自分が登山好きということでなく、

中学校の先生が読書せよと与えられた本が新田次郎の『縦走路』であった。

最初は何がなんやら分からなかったが、その後にいろいろあって、

読書の習慣や文章を書く面白さが能力として開会したように思える。

自分がこうして博士課程にまでいった(人生の幸不幸は別として)ことは、

あの中学校の先生のおかげである。
今、どうされているのか…、一度お会いしたいと思いながら現在に至る。

 新田の時代科学小説については、かなり以前の勤務校の図書冊子で、

執筆を依頼されたことがある。その全文を載せておこう。

私はこの本を、いつまでも、売らないし、捨てないし、貸したり、譲らないであろう。

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 私は中学から大学と山岳(登山)部に入っていたこともあって新田次郎の著作を早くから読んでいた。新田は『劔岳 点の記』や『強力伝』などといった山岳をテーマにした小説家としてよく知られている。その新田が歴史上の科学者や技術者について、あるいは科学をテーマにした作品も手掛けていたことをご存じであろうか。新田はそうした小説を「時代科学小説」と位置付けていた。
 ここに紹介する本は短編小説集であり、気象・物理・航空・高等数学を扱った作品が含まれている。例えば雨と信長の運命的な関係を描いた『梅雨将軍信長』、漏刻(水時計)をめぐる蘇我氏天皇家の権力闘争を取り上げた『時の日』、江戸期の和算を題材にした『算士秘伝』や『二十一万石の数学者』がある。その中で時々読み返すほど印象に残っている作品が『赤毛の司天台』である。
 登場する主人公は身なりの汚い浪人者である。彼の天気予想はよく的中するということで市中でも評判であった。そうした浪人者が妻を迎えたことで不潔な身なりは見違えるように綺麗になったのだが、天気の予想は当たらなくなってしまった。しかし妻の髪の毛の特徴的な現象が浪人者の天気予想へ執着を目覚めさせる。
 科学は真理の追究である。新田の時代科学小説は人間の自然に対する飽くなき挑戦を描くと同時に、権力や偏見、欲望が渦巻く人間社会に対する批判も込められているように感じられる。

 

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